ノートの有効な使い方

 ノートの有効な使い方は人それぞれに異なる。自分の成長ステージでも変わってくるし、場面場面でも異なってくる。

 昨今、情報整理のやり方、ノートの取り方などについて、様々な本が出版され安定的な売れ行きをしているようである。
 今日はこのノートについて、僕自身の経験をいくつかご紹介したいと思う。新入社員時代から中堅社員ぐらいまでに上司や先輩から教えられ学んだノート(メモ、議事録等も含む)の使い方である。なんらかの参考になれば幸いである。
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<新入社員時代>
 鉄鋼会社にエンジニアとして入社した。エンジニアリング事業部の開発部門に配属された。仕事は上司から与えられた仕事をこなすだけで精一杯だったが、上司や先輩は懇切丁寧に指導をしてくれた。
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 毎日、仕事が終わると、【マークシートの業務日報】に、どのプロジェクトのどの仕事に何時間使ったかをつけていた。そして、毎回、使った時間の割りには貧弱なアウトプットに、自分自身気づかされ、なんとかアウトプットの質と量を上げなければ思った。(もちろん、毎日上司に相談しながら仕事は進めていたし、パフォーマンスについてもアドバイスをもらってはいたが、そう簡単にはいかなかった)
 自分の人件費がプロジェクトコストとしてカウントされ積み重なっていくこともリアルに意識した。
 プロジェクト別ワーク別に使った時間を記入していくだけの業務日報だったが、会社という営利組織がどう運営されているかを自分なりのレベルから理解する良いキッカケとなったし、個人としての能力の気づきや発憤材料になっていたと思う。
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 【議事録】を書くのも新入社員の主な仕事だった。社内打合せの議事録が殆どだったのだが、なにせ新入社員なので、会議で何が話されているかも良く理解できないし、知らない単語も多く飛び交っているし、必至でメモをとるしかなかった。後でそのメモを頼りに、いろいろ調べて、会議のストーリーを自分なりに理解し議事録を書いた。おそるおそる上司に提出すると、赤字で一杯添削されて返却された。加えて説明をしてもらい、それから書き直すということを何度も繰り返した。
 これは、とても力がついた。どの会社に行っても通用する技術を学んだと思う。あそこまで指導してくれる上司に恵まれたことも幸運だった。
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 それにもうひとつ、毎日記入しなければならないものがあった。【新入社員日記】だ。題材は会社生活に関わることであれば何でも良いと言われていた。僕は、仕事だけでなく、独身寮生活、神戸の町並み、関西弁の学習、アフターファイブ、同期や先輩と遊んだ話等と、本当になんでも書いた。はじめての社会人経験、仕事、はじめての神戸暮らしと、話題はありすぎるぐらいだった。九州で生まれ育ち、東京で大学生活を送った僕が、神戸の会社にうまく溶け込んでいくかを上司は心配していたのかも知れない。僕の日記を見て安心しているようでもあった。僕も業務時間中は話せない話や、口頭では話しにくい話も日記に書くようにした。上司は、仕事中あるいは近所の居酒屋で、自然な形で対応してくれていた。
 終身雇用を前提としていた時代の話かも知れないが、上司との関係構築等の仕事の環境を作っていくことを学んだと思う。。
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<社会人3年目>
 上司が替わった。その上司は僕がそこそこ議事録が書けることがわかると、こんなことを言い出した。
『会議中にノートをとらずに、後でどちらが内容を正確に覚えているか競い合おう! 重要な事はその場で全部理解し憶えているかを試す』と。
 このゲームは正直しんどかった。それまでは、会議中はメモを取ることに集中し、理解や整理は後回しする癖がついていたからだ。惨敗続きだった。四十数歳の上司の記憶力は、知識力や理解力、そして経験の上に成り立っていた。背景から細かい数字まで正確に覚えていた。僕は自信喪失し仕事の調子を狂わした。
 上司は僕のふがいなさに拍子抜けしたのか飽きてしまったのか、2〜3ヶ月でこのゲームを止めた。僕は悔しいと思う反面、正直助かったとも思った。しかし、その後はより打合せや会議の中身に集中し、その時間内で学習し記憶するようにした。
 その後、僕も部下をかかかえるようになったとき、部下の議事録をチェックする立場になった。その時になってあらためて、あのゲームの教育の意味を理解した。
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<中堅社員時代>
 鉄鋼会社から通信会社に転職し、商品企画といった技術系と事務系の間を繋ぐ仕事をするようになった。競合他社の商品分析、顧客ニーズ調査、社内の技術部門との調整、営業部門との調整、協力会社との調整、郵政省との調整等、仕事は多岐に渡るし、多くの人の協力・合意を得て、商品開発プロジェクトを進めることが必要だった。とにかく人に会い、打合せ、メモを取り、議事録や覚え書きを書いて、合意内容を積み重ねていくのが仕事だった。
 しかし、あるプロジェクトの時、最後のあと一押しの交渉・調整がスムーズに出来ずスタックしてしまったことがあった。上司に相談しても具体的な解決策やアドバイスは貰えなかった。そんな時、僕のとなりに座っていた先輩(某大手銀行からの出向者)がこんなアドバイスをくれた。
 『大事や話や微妙な話の時は、ノートを閉じておけ。ノートをとると相手は本音をしゃべらない。』
 先輩は実績のある優秀な営業マン出身だった。説得力があった。確かにそのころの僕は、大事な話をするときは必ずメモをとり、そしてすぐ議事録や覚え書きに落としオフィシャルな文書として関係者から承認を得て、淡々と先に進めるというやり方をとっていた。仕事を早く正確に遂行することを何よりも優先していた。仕事では堅苦しくちょっと強引な男だったのかも知れない。(アフターファイブは相当におちゃめだったのだが。。余談) 早速このアドバイスに従った。
 先輩の言うとおりだった。結果、プロジェクトを今までより親密な雰囲気で進めることができるようになったし、情報をセーブして議事録を取ることができるようになった。
 ちょっと大人になったような、ちょっと開眼したような気分だった。
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 今は、議事録を書くことは殆どない。
 上に書いた話はまだ電子メールが普及していない、紙で議事録を回覧する時代の話である。
 今は、議事録(ノートやメモ)はメールであらゆる階層の人たちに同時に送付できるようになり、会議資料も電子化されて容易に添付できるようになった。よりカジュアルでスピードアップされた議事録となってきた。時には濃淡も無く、結論もなく、やたら詳細な資料だけがある議事録も多い。仕事や情報の意味を統一して決めていく教科書として機能する議事録は少なくなった。
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 情報量が日々拡大していくデジタル時代だから、ノートやメモの有効な使い方も変わってきている。表層的なノートやメモが増えてきている気がしないでもない。つるんとしてやたら量だけは多い情報をやりとりすることが仕事になる時代なのかも知れない。

 記録に意味を持たせるのは、やはり人間の理解力だと思いつつ、ノートを使っていきたい。