社長業

 1997年に通信会社を辞め、起業した。経営企画部で経営陣と郵政省を相手にへとへとになって、会社と自分の将来に夢と希望が持てなかった。提案した新事業や改革はことごとく総論賛成各論反対でうやむやになった。起業願望があったわけではない、社長がやりたかったわけでもない。無駄な努力を続けたくないと思っただけだ。
 夢も理想も野望もなく、サラリーマンとしての能力を切り売りする形態のコンサルティング会社の看板だけ出して、退職金で買ったスポーツカーを乗り回して3ヶ月くらい遊んだ後、本格営業を開始した。幸いクチコミで仕事は増えていった。半年でやっと食べれるようになった。1年で仕事を断るくらいになった。仲間も増えて10人前後の所帯になっていた。
 そこで初めて欲が出てきた、夢も理想も持つようになった。クライアントの社長達の強烈な野心にあたってもいた。このあたりから、社長の自覚が芽生えてきた。
 後はとにかく突っ走った。2005年、コンサル会社は売上げ70億、従業員100人の通信会社になっていた。
 そして、会社のサバイバルと成長のために売却。会長という名の閑職に。半年後、僕は辞めた。ここで一旦、僕の創業物語と社長業は終了した。夢も理想も野望も無いところからの出たとこ勝負の社長としては、そこそこは行けたと思うが、行き着いた訳ではなかった。


 さて、あれから3年。現在、雇われ社長。ちょっとは社長業がわかっているとは思うけど、やっぱり楽な仕事ではない。このご時世も容易ではない局面だ。経営は以前とは全く別のゲーム廻しが必要だが、降りたところの先にも行ってみたいと思うこともある。

 どげんかなるさあ。